南里柚子

之所以饿是因为没有产出啊!自给自足吧!

-美男子と煙草

寂风梦歌:

扒译版来马克,有人对烨伊译文做了改动,我读的时候也觉得有些地方翻的不很好,我更喜欢读起来有日本腔的译版……这篇美男子与香烟我和喜欢,上野的流浪汉。

【最后附上原文】

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“其实,一路上我什么都没有看到。我只是想着自己的痛苦,径直往前走。但是现在,我明白你们为何特意选我去走过地下通道了,一定是因为我是个美男子。” 
所有人都大笑不止。 
“不,我不是在开玩笑。也许你们没注意到,尽管我一路直行,还是发现那些躺在阴暗角落里的流浪汉几乎全是容貌端正的俊美男子。也就是说,美男子比别人更有可能沦落到地下通道。想你这样肤色白皙的美男子也很危险,要小心点哟,我也会小心的。” 
又爆出一阵大笑。 
人们总是骄傲自大、自以为是,猛然觉醒时,自己已经躺在地下通道的角落里,甚至不再算是人了。我由通道中经过时,切实感受到这个事实的毛骨悚然。 
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太宰的字很悚,关于美男子他一定矛盾着…回头去扒人间失格马上来

 

 

 

-----以下正文。

 

 

美男子与香烟·太宰治

 

过往岁月,我怀着独自战斗的想法一路走来,如今却觉得自己随时可能败下阵来,愈发难以克制心中的不安。但我仍不愿向自己看不起的人低头认错,请求他们与我成为朋友。故此,我惟有独自一人,喝着劣等的酒,将这场只有自己的战斗继续下去。 
我的战斗——用一句话来说明,即与因循守旧者间的战斗。与人们司空见惯的装腔作势战斗;与显而易见的阿谀奉承战斗;与寒酸之物、心胸狭隘的人战斗。 
我可以向耶和华起誓,为了战斗,我已经赌上了自己的全部。即使如此,我依旧落得孑然一身、嗜酒如命的下场。事到如今,似乎已穷途末路。 
那些因循守旧之人心术不正。他们把陈腐不堪的文学论、艺术论摆上台面大肆讨论,用那些陈旧的理论践踏努力生长的幼苗,丝毫意识不到自己种下的恶果,着实令人佩服。任凭风吹雨打,他们自是岿然不动。他们不过是群看重性命、看重钱财,渴望出人头地、博得妻儿欢心的人。为此,他们拉帮结派,相互吹捧,合力欺侮势单力薄之人。 

我已走投无路。 

前几日,我在某处喝浊酒时,走来三个年长的文学家。明明与他们毫不相识,他们却一下子把我围住,醉醺醺地对我的小说品头论足,那观点简直驴唇不对马嘴。我这人无论喝得多醉,也不愿酒后失态。对于他们的评论,我笑着当作耳旁风,回家之后吃着迟来的晚饭,委屈得不得了,不觉呜咽出声,渐渐不能自已,把碗筷都丢到一旁,对伺候自己吃饭的内人哭诉: 
“他们,他们……我呕心沥血地写作,大家……却把我的书看作轻浮之作……那几个人是我的前辈,比我大十多岁、甚至二十多岁,但他们一齐否定我……他们卑鄙、狡猾……不管了,不想那么多了,我也要公然批评那些前辈,我要和他们争论……他们未免太过分了。” 
我不停地念叨,越哭越凶,妻子也吓呆了,说着“去睡觉吧”,把我带到床边。我倒在床上,依然抽泣不已。 

啊,活着真是让人厌烦。而男人尤其活得痛苦、悲哀。男人的一生时时在战斗,而且不容许失败。 

痛哭过后几日,某杂志社的一位年轻记者来找我,对我说了一番奇怪的话。 
“您想不想去看看上野的流浪汉?” 
“流浪汉?” 
“是的,我们想拍一组您和流浪汉的合照。” 
“我与流浪汉的合照?” 
“正是。” 
记者平静地回答。 
这种事情,为何非找我不可?提到太宰,便想到流浪汉。提到流浪汉,便想到太宰——我与流浪汉之间有这样的因果关系吗? 
“走吧。” 

被逼到想哭时,我反而会条件反射般地与对方对峙。这似乎是我的一种癖好。 

我立刻起身换上西装,催促着那位年轻记者,走出了家门。 
那是个冬日的寒冷早晨。我用手擦拭着鼻子,默默行走,心事重重。 
我们在三鹰站乘省线列车至东京站,又换乘市内电车。年轻记者先带我来到杂志社总部,在会客室落座后,立即招待我喝威士忌。 
杂志社总部想必以为太宰是胆小之人,若不借威士忌壮胆,一定无法与流浪汉自如交谈,所以才特地好意招待我喝酒。但老实说,这威士忌的味道实在诡异。我绝非自命清高,这辈子我喝过无数袭击古怪的酒,可这种味道的威士忌还是头一次尝到。酒瓶上贴着高价的标签,瓶身做工也很考究,里面的酒却浑浊不清,称得上是威士忌中的浊米酒了。 
不过我还是把酒喝了,喝得津津有味。不仅如此,我还向聚到会客室里的记者们劝酒,可他们都只是笑笑。据我所知,这些记者大多嗜酒如命,但他们却都不喝。看来就连酒中豪杰也对这威士忌中的浊米酒敬而远之。 

我一人喝得大醉,笑嘻嘻地对他们说:“你们不喝一杯太失礼了吧?连你们自己都不喝的东西却拿来招待客人,哪有这样的道理?” 
记者们意识到太宰已经喝醉,趁着他还未清醒,得赶快让他与流浪汉碰面才好。俗话说切莫错失良机。他们立刻把我带上车,开到上野站,领我来到被称为流浪汉老巢的地下通道。 

不过,记者们如此周详的计划似乎也算不上有多成功。进入通道后,我只是直直往前走着,旁若无人。在临近地下通道的出口处,有四个少年在一个卖烤鸡肉串的小摊前吸烟。见此情景,我很是不快,便走过去对他们说:“别再抽烟了,抽烟只会让肚子更饿。要是想吃鸡肉串,我买给你们。” 

少年们干脆地扔下抽了一半的烟,都不过是一群十岁左右的孩子。我不禁生出怜悯之情,对烤肉摊的老板说:“给这些孩子们一人一串。” 

这样算不算是在行善?我兀地想起某句瓦雷里说过的话,内心感到更加不堪。 
若在常人眼中,我那时的行为还有半分温柔可言,那么无论瓦雷里怎样蔑视我,我也没有怨言。 
瓦雷里说过,行善的同时,要心存歉意。因为这世上没有什么比善意更为伤人。 
我如同患了伤风般,心情沉重地拱起背脊,迈开步子走出地下通道。 

四五位记者追在我的身后:“您感受如何?像地狱一样吧?” 
另一人附和:“总之,完全像是另一个世界吧?” 
又一位追问:“您是不是很吃惊?有什么感想吗?” 
我笑出了声:“像地狱?怎么可能,我一点也不吃惊。” 
我朝上野公园走去,边走边说,话渐渐多了起来: 

“其实,一路上我什么都没有看到。我只是想着自己的痛苦,径直往前走。但是现在,我明白你们为何特意选我去走过地下通道了,一定是因为我是个美男子。” 
所有人都大笑不止。 
“不,我不是在开玩笑。也许你们没注意到,尽管我一路直行,还是发现那些躺在阴暗角落里的流浪汉几乎全是容貌端正的俊美男子。也就是说,美男子比别人更有可能沦落到地下通道。想你这样肤色白皙的美男子也很危险,要小心点哟,我也会小心的。” 
又爆出一阵大笑。 
人们总是骄傲自大、自以为是,猛然觉醒时,自己已经躺在地下通道的角落里,甚至不再算是人了。我由通道中经过时,切实感受到这个事实的毛骨悚然。 
“除了‘美男子’,您还有什么别的发现吗?” 
“还发现了香烟。似乎看不到那些美男子有喝醉的,但他们大都抽烟。香烟也并不便宜。若是有钱买烟,应该也能买得起一张席子或一双木屐吧。他们蜷缩在水泥地上,赤着双脚,嘴里却吞云吐雾。人啊,不,现在的人啊,就是坠入万丈深渊、赤身裸体,也做不到不抽烟。我并非指责别人,这话在我身上也同样适用。我的确有在那里生活的潜质,这一发现又为这潜质增加了一分可能。” 

我们走到上野公园前面的广场。方才的四位少年此刻沐浴在冬日正午的阳光下,嬉闹着。我摇摇晃晃,慢慢地向那群少年走去。 
“对,就这样。” 
一位记者把照相机对准我大喊,“咔嚓”一声拍下了照片。 
“这次笑一笑!” 
记者紧盯镜头,又喊了一句。少年中的一人看了看我,笑着说: 
“这样面对面地看着,真是好笑。” 
我也被他逗笑了。 
听从神的旨意的天使,隐去双翅,从空中飘落到这世界的各个角落。我落在北国的雪原,你落在南国的蜜柑田,而这群少年落在了上野公园。我们之间的差别仅仅如此。少年们啊,无论你们今后度过多少岁月,都请不要介意自己的容貌,不要吸食香烟,若非节日,也别喝酒。长大后,请多加爱惜那性格内向,不爱浓妆的姑娘。 


后 记 

后来,记者将这次出行的照片寄给我。除了我与流浪儿相视而笑的照片,另有一张姿势古怪的照片:我蹲在流浪儿身前,握着一个孩子的脚。若这张照片日后上了杂志,不免招致人们的误解,认为太宰矫揉造作,故意装出《约翰福音》中基督为弟子洗脚的模样。故需在此说明。我只是好奇,想看看赤脚走路的孩子的脚底是什么样子,才做出如此举动。 
再说件好笑的事吧。收到这两张照片后,我叫来妻子,告诉她:“这就是上野的流浪汉。” 
妻子认真地对着照片感叹:“啊,原来流浪汉就是这个样子?” 
我随着她的目光看去,不禁大吃一惊: 
“你在看哪里啊,那个人是我!是你的丈夫!流浪汉是我旁边的那位。” 
妻子平素性格极为认真,不是会开玩笑的女人。看样子她是真的把照片上的我当作流浪汉了。 

 

 

 

 

 

-------以下原文。

 

私は、独(ひと)りで、きょうまでたたかって来たつもりですが、何だかどうにも負けそうで、心細くてたまらなくなりました。けれども、まさか、いままで軽蔑(けいべつ)しつづけて来た者たちに、どうか仲間にいれて下さい、私が悪うございました、と今さら頼む事も出来ません。私は、やっぱり独りで、下等な酒など飲みながら、私のたたかいを、たたかい続けるよりほか無いんです。
 私のたたかい。それは、一言[#「一言」は底本では「一事」]で言えば、古いものとのたたかいでした。ありきたりの気取りに対するたたかいです。見えすいたお体裁(ていさい)に対するたたかいです。ケチくさい事、ケチくさい者へのたたかいです。
 私は、エホバにだって誓って言えます。私は、そのたたかいの為に、自分の持ち物全部を失いました。そうして、やはり私は独りで、いつも酒を飲まずには居られない気持で、そうして、どうやら、負けそうになって来ました。
 古い者は、意地が悪い。何のかのと、陳腐(ちんぷ)きわまる文学論だか、芸術論だか、恥かしげも無く並べやがって、以(もっ)て新しい必死の発芽を踏みにじり、しかも、その自分の罪悪に一向お気づきになっておらない様子なんだから、恐れいります。押せども、ひけども、動きやしません。ただもう、命が惜しくて、金が惜しくて、そうして、出世して妻子をよろこばせたくて、そのために徒党を組んで、やたらと仲間ぼめして、所謂(いわゆる)一致団結して孤影の者をいじめます。
 私は、負けそうになりました。
 先日、或るところで、下等な酒を飲んでいたら、そこへ年寄りの文学者が三人はいって来て、私がそのひとたちとは知合いでも何でも無いのに、いきなり私を取りかこみ、ひどくだらしない酔い方をして、私の小説に就(つ)いて全く見当ちがいの悪口を言うのでした。私は、いくら酒を飲んでも、乱れるのは大きらいのたちですから、その悪口も笑って聞き流していましたが、家へ帰って、おそい夕ごはんを食べながら、あまり口惜(くや)しくて、ぐしゃと嗚咽(おえつ)が出て、とまらなくなり、お茶碗(ちゃわん)も箸(はし)も、手放して、おいおい男泣きに泣いてしまって、お給仕していた女房に向い、
「ひとが、ひとが、こんな、いのちがけで必死で書いているのに、みんなが、軽いなぶりものにして、……あのひとたちは、先輩なんだ、僕より十も二十も上なんだ、それでいて、みんな力を合せて、僕を否定しようとしていて、……卑怯(ひきょう)だよ、ずるいよ、……もう、いい、僕だってもう遠慮しない、先輩の悪口を公然と言う、たたかう、……あんまり、ひどいよ。」
 などと、とりとめの無い事をつぶやきながら、いよいよ烈(はげ)しく泣いて、女房は呆(あき)れた顔をして、
「おやすみなさい、ね。」
 と言い、私を寝床に連れて行きましたが、寝てからも、そのくやし泣きの嗚咽が、なかなか、とまりませんでした。
 ああ、生きて行くという事は、いやな事だ。殊(こと)にも、男は、つらくて、哀(かな)しいものだ。とにかく、何でもたたかって、そうして、勝たなければならぬのですから。
 その、くやし泣きに泣いた日から、数日後、或る雑誌社の、若い記者が来て、私に向い、妙な事を言いました。
「上野の浮浪者を見に行きませんか?」
「浮浪者?」
「ええ、一緒の写真をとりたいのです。」
「僕が、浮浪者と一緒の?」
「そうです。」
 と答えて、落ちついています。
 なぜ、特に私を選んだのでしょう。太宰といえば、浮浪者。浮浪者といえば、太宰。何かそのような因果関係でもあるのでしょうか。
「参ります。」
 私は、泣きべその気持の時に、かえって反射的に相手に立向う性癖を持っているようです。
 私はすぐ立って背広に着換え、私の方から、その若い記者をせき立てるようにして家を出ました。
 冬の寒い朝でした。私はハンカチで水洟(みずばな)を押えながら、無言で歩いて、さすがに浮かぬ心地(ここち)でした。
 三鷹(みたか)駅から省線で東京駅迄(まで)行き、それから市電に乗換え、その若い記者に案内されて、先(ま)ず本社に立寄り、応接間に通されて、そうして早速ウイスキイの饗応にあずかりました。
 思うに、太宰はあれは小心者だから、ウイスキイでも飲ませて少し元気をつけさせなければ、浮浪者とろくに対談も出来ないに違いないという本社編輯部(へんしゅうぶ)の好意ある取計らいであったのかも知れませんが、率直に言いますと、そのウイスキイは甚(はなは)だ奇怪なしろものでありました。私も、これまでさまざまの怪しい酒を飲んで来た男で、何も決して上品ぶるわけではありませんが、しかし、ウイスキイの独り酒というのは初めてでした。ハイカラなレッテルなど貼(は)られ、ちゃんとした瓶(びん)でしたが、内容が濁っているのです。ウイスキイのドブロクとでも言いましょうか。
 けれども私はそれを飲みました。グイグイ飲みました。そうして、応接間に集って来ていた記者たちにも、飲みませんか、と言ってすすめました。しかし、皆うす笑いして飲まないのです。そこに集って来ていた記者たちは、たいていひどいお酒飲みなのを私は噂(うわさ)で聞いて知っているのでした。けれども、飲まないのです。さすがの酒豪たちも、ウイスキイのドブロクは敬遠の様子でした。
 私だけが酔っぱらい、
「なんだい、君たちは失敬じゃあないか。てめえたちが飲めない程の珍妙なウイスキイを、客にすすめるとは、ひどいじゃないか。」
 と笑いながら言って、記者たちは、もうそろそろ太宰も酔って来た、この勢いの消えないうちに、浮浪者と対面させなければならぬと、いわばチャンスを逃さず、私を自動車に乗せ、上野駅に連れて行き、浮浪者の巣と言われる地下道へ導くのでした。
 けれども、記者たちのこの用意周到の計画も、あまり成功とは言えないようでした。私は、地下道へ降りて何も見ずに、ただ真直(まっすぐ)に歩いて、そうして地下道の出口近くなって、焼鳥屋の前で、四人の少年が煙草を吸っているのを見掛け、ひどく嫌(いや)な気がして近寄り、
「煙草は、よし給(たま)え。煙草を吸うとかえっておなかが空(す)くものだ。よし給え。焼鳥が喰いたいなら、買ってやる。」
 少年たちは、吸い掛けの煙草を素直に捨てました。すべて拾歳前後の、ほんの子供なのです。私は焼鳥屋のおかみに向い、
「おい、この子たちに一本ずつ。」
 と言い、実に、へんな情なさを感じました。
 これでも、善行という事になるのだろうか、たまらねえ。私は唐突にヴァレリイの或(あ)る言葉を思い出し、さらに、たまらなくなりました。
 もし、私のその時の行いが俗物どもから、多少でも優しい仕草と見られたとしたら、私はヴァレリイにどんなに軽蔑されても致し方なかったんです。
 ヴァレリイの言葉、――善をなす場合には、いつも詫(わ)びながらしなければいけない。善ほど他人を傷(きずつ)けるものはないのだから。
 私は風邪(かぜ)をひいたような気持になり、背中を丸め、大股で地下道の外に出てしまいました。

 四五人の記者たちが、私の後を追いかけて来て、
「どうでした。まるで地獄でしょう。」
 別の一人が、
「とにかく、別世界だからな。」
 また別の一人が、
「驚いたでしょう? 御感想は?」
 私は声を出して笑いました。
「地獄? まさか。僕は少しも驚きませんでした。」
 そう言って上野公園の方に歩いて行き、私は少しずつおしゃべりになって行きました。
「実は、僕なんにも見て来なかったんです。自分自身の苦しさばかり考えて、ただ真直を見て、地下道を急いで通り抜けただけなんです。でも、君たちが特に僕を選んで地下道を見せた理由は、判(わか)った。それはね、僕が美男子であるという理由からに違いない。」
 みんな大笑いしました。
「いや、冗談じゃない。君たちには気がつかなかったかね。僕は、真直を見て歩いていても、あの薄暗い隅(すみ)に寝そべっている浮浪者の殆(ほとん)ど全部が、端正な顔立をした美男子ばかりだということを発見したんだ。つまり、美男子は地下道生活におちる可能性を多分に持っているということになる。君なんか色が白くて美男子だから、危いぞ、気をつけ給え。僕も、気をつけるがね。」
 また、みんながどっと笑いました。
 自惚(うぬぼ)れて、自惚れて、人がなんと言っても自惚れて、ふと気がついたらわが身は、地下道の隅に横たわり、もはや人間でなくなっているのです。私は、地下道を素通りしただけで、そのような戦慄(せんりつ)を、本気に感じたのでした。
「美男子の件はとに角、そのほかに何か発見出来ましたか。」
 と問われて私は、
「煙草です。あの美男子たちは、酒に酔っているようにも見えなかったが、煙草だけはたいてい吸っていましたね。煙草だって、安かないんだろう。煙草を買うお金があったら、莚(むしろ)一枚でも、下駄(げた)一足でも買えるんじゃないかしら。コンクリイトの上にじかに寝て、はだしで、そうして煙草をふかしている。人間は、いや、いまの人間は、どん底に落ちても、丸裸になっても、煙草を吸わなければならぬように出来ているのだろうね。ひとごとじゃない。どうも、僕にもそんな気持が思い当らぬこともない。いよいよこれは、僕の地下道行きは実現性の色を増して来たようだわい。」
 上野公園前の広場に出ました。さっきの四名の少年が冬の真昼の陽射(ひざし)を浴びて、それこそ嬉々として遊びたわむれていました。私は自然に、その少年たちの方にふらふら近寄ってしまいました。
「そのまま、そのまま。」
 ひとりの記者がカメラを私たちの方に向けて叫び、パチリと写真をうつしました。
「こんどは、笑って!」
 その記者が、レンズを覗(のぞ)きながら、またそう叫び、少年のひとりは、私の顔を見て、
「顔を見合せると、つい笑ってしまうものだなあ。」
 と言って笑い、私もつられて笑いました。
 天使が空を舞い、神の思召(おぼしめし)により、翼が消え失せ、落下傘(らっかさん)のように世界中の処々方々に舞い降りるのです。私は北国の雪の上に舞い降り、君は南国の蜜柑畑(みかんばたけ)に舞い降り、そうして、この少年たちは上野公園に舞い降りた、ただそれだけの違いなのだ、これからどんどん生長しても、少年たちよ、容貌(ようぼう)には必ず無関心に、煙草を吸わず、お酒もおまつり以外には飲まず、そうして、内気でちょっとおしゃれな娘さんに気永(きなが)に惚(ほ)れなさい。


 附記
 この時うつした写真を、あとで記者が持って来てくれた。笑い合っている写真と、それからもう一枚は、私が浮浪児たちの前にしゃがんで、ひとりの浮浪児の足をつかんでいる甚(はなは)だ妙なポーズの写真であった。もしこれが後日、何か雑誌にでも掲載された場合、太宰はキザな奴だ、キリスト気取りで、あのヨハネ伝の弟子(でし)の足を洗ってやる仕草を真似(まね)していやがる、げえっ、というような誤解を招くおそれなしとしないので一言弁明するが、私はただはだしで歩いている子供の足の裏がどんなになっているのだろうという好奇心だけであんな恰好(かっこう)をしただけだ。
 さらに一つ、笑い話を附け加えよう。その二枚の写真が届けられた時、私は女房を呼び、
「これが、上野の浮浪者だ。」
 と教えてやったら、女房は真面目(まじめ)に、
「はあ、これが浮浪者ですか。」
 と言い、つくづく写真を見ていたが、ふと私はその女房の見詰めている個所を見て驚き、
「お前は、何を感違いして見ているのだ。それは、おれだよ。お前の亭主じゃないか。浮浪者は、そっちの方だ。」
 女房は生真面目過ぎる程の性格の所有者で、冗談など言える女ではないのである。本気に私の姿を浮浪者のそれと見誤ったらしい。


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底本:「太宰治全集9」ちくま文庫、筑摩書房 
   1989(平成元)年5月30日第1刷発行
   1998(平成10)年6月15日第5刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房
   1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月発行
入力:柴田卓治
校正:かとうかおり
2000年1月23日公開
2004年3月4日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

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  1. 南里柚子寂风梦歌 转载了此文字

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